2011年9月号

I 社会保険加入基準の拡大 厚生労働省が「社会保険への加入対象者の拡大」を検討しています。9月1日、社会保障審議会の「短時間労働者への社会保険適用等に関する特別部会」が初会合を開き、社会保険をパートなど非正規従業員にも広げるための議論を始めました。政府は税と社会保障の一体改革で「加入者の400万人拡大」との目標を掲げています。加入基準の拡大は、会社の保険料負担増に直結するため、特に、パートを多く抱える流通・小売業などを中心に、大きな反発が起こりそうです。厚労省は年内に改革案をまとめ、来年の通常国会に関連法案を提出することを考えています。

●現状
厚労省によると現在、非正規従業員(約1800万人)のうち、社会保険加入者は1000万人程。残る800万人は、国民年金や市町村の国民健康保険(国保)に入っているため、社会保険料の会社負担はありません。反面、年金給付額も厚生年金を下回ります。

●見直しの経緯
2007年、自民・公明政権も加入拡大を目指しました。会社の保険料負担増に直結するため、流通業界などの大反発もあり、拡大対象を「従業員301人以上の企業」に絞って、法案を国会に提出しましたが、当時の野党・民主党の反対で廃案になりました。経緯を踏まえて、保険料算出などの基準となる標準報酬月額の下限を「月額98,000円」より引き下げることも論点となっています。また、被扶養配偶者となるかならないかの分岐点「年収130万円」の水準も引き下げる考えです。
最終的には、雇用保険の加入基準「1:勤務時間週20時間以上」「2:31日以上の雇用見込み」に基準を合わせて、新たに400万人程度の加入拡大を図る考えです。

  現状 見直し案
(1)社会保険への加入 週30時間以上勤務の場合、加入義務あり 週20時間以上勤務の場合、加入義務あり
(2)被扶養配偶者(国民年金第3号被保険者)の認定 年間収入130万円未満 年間収入130万円未満よりも引き下げ

II 会社財務を圧迫する「福利厚生」の見直し ●見直しが迫られる福利厚生
会社が社員に提供する「福利厚生」が縮小する一方、年金や医療といった会社負担が急速に膨らんでいます。景気低迷により多くの会社では業績拡大も見込みが立たず、「福利厚生」のあり方は、今後も修正を迫られそうです。従来型の終身雇用制を前提にした社員サービスは見直しされる状況です。

●減少傾向にある社宅
国土交通省の「住宅着工統計」によれば、2010年度における社宅や公務員宿舎などの着工数は6,580戸で、確認できる1955年度以降で過去最低を更新しました。総務省が実施する「住宅・土地統計調査」によれば、全国の社宅・公務員宿舎は2008年に約140万戸で、10年前と比較すると2割減となっています。1990年代後半から、会社が福利厚生施設を売却する動きが広がっており、2009年の人事院による調査では、社宅がある会社は全体の57%で、自社で物件を保有する会社は25.8%でした。

●各種手当、社内預金の状況
社宅だけでなく、各種手当なども減少傾向にあります。厚生労働省の調査によれば、「家族手当」や「扶養手当」を支給している会社は2009年時点で全体の65.9%となっており、10年前から11.4%低下しています。また、「社内預金」(一般に、預貯金より高い利子をつけて会社が従業員の貯金を管理する制度)も縮小しており、昨年の社員預金総額は9,334億円で、10年前と比較すると約3分の1となっています。

監修 :中島光利、木嵜真一、八木義昭

2011年8月号

I 従業員数が増えると減税に!!税制改正法が6月30日に公布され、雇用を増やす企業の税金(法人税または、個人事業の所得税)が減額される、税制上の優遇制度(雇用促進税制)が創設されました。

●「雇用促進税制」のしくみ
事業年度の1年間で5人以上(中小企業は2人以上)かつ10%以上の雇用増
雇用増加割合の計算は ⇒ 適用年度の雇用者増加数 ÷ 前事業年度末日の雇用者総数

従業員の増加1人当たり20万円の税額控除(※法人税額の10%(中小企業は20%)が限度)

●適用対象となる企業の要件は
(1)青色申告を行っていること
(2)「適用となる事業年度」及び「前事業年度」に「会社都合による退職」がないこと
(3)「適用年度の給与等支給額」が「比較給与等支給額以上」であること
比較給与等支給額=前事業年度給与等支給額+前事業年度給与等支給額×雇用増加割合×30%
(4)風俗営業等を行う企業でないこと(キャバレー・ダンスホール・パチンコ店など)

この優遇措置を受けるためには、事業年度の初日から2ヶ月以内に、ハローワークへ「雇用促進計画」を提出する必要があります。「雇用促進計画」の受付は、8月1日からハローワークで開始されています。
※平成23年4月1日から平成23年8月31日までの間に事業年度が始まる分については、10月31日までに届ければよいことになっています。

II セクハラによる労災の認定基準が緩和へ●「心理的負担」を重く評価
職場でのセクハラが原因で発症したうつ病など「精神障害の労災認定」について、専門家でつくる厚生労働省の分科会は、新たな認定基準の案をまとめました。直接的なセクハラについての被害者の心理的負担が重く評価され、労災認定されやすくなる見通しです。

●労災の認定基準とは?
精神障害の労災認定は、その原因となった職場の出来事を心理的負担が強い順に「3」~「1」の段階で評価したうえで、個々の事情も勘案して判断されます。現在、セクハラについては、原則「2」となっています。特別の事情があれば労働基準監督署の判断で「3」に修正されますが、判断基準が「セクハラの内容・程度」とあるだけで不明確なため、修正例は少ないようです。

新基準では、どのようなセクハラなら「3」や「1」に修正されるか、例示しています。「3」に修正される具体例として、「強姦や本人の意思を抑圧してのわいせつ行為」「胸など身体への接触が継続した」「接触は単発だが、会社に相談しても対応・改善されない」「言葉によるセクハラが人格を否定するような内容を含み、かつ継続した」などの事例を挙げ、該当すれば「3」と判定すべきとなっています。

この他、長期的に繰り返されるセクハラ行為が少なくないため、従来の「発症前6ヶ月」よりも前の部分も評価するなどの意見も盛り込まれています。今後、基準が変われば、心理的負担がより重くみられ、労災認定されやすくなると思われます。会社としても、就業規則にセクハラ防止規定を設けるなど、これまで以上の対策が求められます。

III 「平成23年版労働経済の分析」の概要7月8日に「平成23年版労働経済の分析(通称「労働経済白書」)」が政府内で報告され、その概要が厚生労働省のホームページに公表されました。平成23年度版では「世代ごとにみた働き方と雇用管理の動向」と題し、自律的な景気回復に向け期待される雇用・給与について、今後の課題の検討がなされています。

●「平成23年版労働経済の分析」のポイント
1.労働経済の推移と特徴(震災など景気回復に向けた制約要因について分析)
所得・消費・雇用アップによる自律的な循環と回復が期待されるが、景況感に停滞がみられ、震災の影響などもあり、雇用情勢の先行き予測はさらに厳しい。

<着実な景気回復のための課題等>
消費など国内需要の回復のためには雇用の下支えが不可欠。雇用の維持・創出を支援することで、不安心理を取り除き、社会の安定と持続的な成長へとつなげることが重要。

2.経済社会の変化と世代ごとにみた働き方(バブル崩壊後の労働問題を世代ごとに分析)
・バブル崩壊後、厳しい経営環境のもとで、若年層の雇用情勢は悪化。
・大学進学率が上昇して大卒就職者が増加する中、社会のニーズとのギャップ。

<世代間のギャップの解消に向けての課題等>
不本意に非正規で働く人の正規雇用化への取り組みが重要。世代間格差の是正も求められ、人材の配置・育成などを一体的に行うための企業の機能強化も課題。

3.まとめ 世代をつなぐ雇用管理と雇用システムの主要課題
バブル崩壊後の不安定就業の増加や人材育成機能の低下に対する反省が必要。人的能力の形成を広く推し進めていくことが今後の雇用システムの課題。

解決策として以下の3つが求められるとしています。
(1)雇用の安定・確保と人材育成の充実
(2)不安定就業層の正規雇用化の推進
(3)高学歴化のもとでの職業選択への支援

監修 :中島光利、木嵜真一、八木義昭

2011年7月号

I 労使トラブルに「合同労組」が関与するケースが増加●「合同労組」関与の事件割合が過去最高
先日、中央労働委員会から、「平成22年全国の労使紛争取扱件数まとめ」が発表されました。近年、労使トラブルに「合同労組」「ユニオン」などの会社外の団体が関与するケースが増えていますが、「合同労組」が関与した集団的労使紛争事件の割合が69.8%(前年比3.1%増)となり、過去最高となったことがわかりました。

●「合同労組」の特徴
合同労組のなかでも、「"柔軟路線"をとる組合」「イデオロギー性の強い"労使対立路線"をとる組合」など、その性格は様々です。また、「"労使対立路線"の組合」であっても、冷静に落としどころを考える組合、逆にあまり考えない組合もあるようです。

●駆け込み訴え事件の増加
労働者が、労使トラブルの解決のため合同労組に加入し、その合同労組が使用者に団体交渉を申し入れてくる例も多くあります。中央労働委員会のまとめでは、懲戒や解雇などの処分を受けた後に、労働者が組合に加入して調整を申請した「駆け込み訴え事件」は、全体の36.8%(前年比横ばい)で、過去最高となっています。

●対応策
「合同労組」「ユニオン」などから団体交渉の申入れがなされた場合、初めにとるべき対応が重要となります。まず、団体交渉を拒否できない相手なのかどうかを確認します。申入れが合法で拒否できない場合は、専門家に相談するなど、しっかりと事前準備を行いましょう。また、組合側が求めてくる「労働協約」の締結要求にも注意が必要です。

II 社会保障改革案の「安心3本柱」とは?●安心3本柱
政府は、「安心3本柱」を中心とした社会保障改革案の内容を発表しました。「安心3本柱」とは
(1)パートなどの非正規従業員への社会保険の適用拡大
(2)幼稚園や保育園の垣根をなくす「幼保一体化」の推進(子育て支援)
(3)医療・介護を中心に自己負担の合計額に上限を設定する「合算上限制度」導入

●年金制度の改革案
年金制度改革案の具体策
(1)パートなど非正規従業員の社会保険(健康保険・厚生年金)の加入対象者を、現在の「週30時間以上勤務」から「週20時間以上勤務」に拡大
(2)厚生年金保険料の免除期間を、育児休業中だけでなく、産前・産後の休業期間まで拡げる

一方、高収入の加入者については、保険料の負担増を求める方向です。厚生年金保険料は、給与額に応じて決まる仕組みになっていますが、改革案では上限額を引き上げる考えです。

●60歳代前半の就労促進
60~64歳で働きながら老齢厚生年金を受け取る場合、年金と給与の合計額が月額28万円を超えると、28万円を超えた分の半分だけ受け取る年金が減り、46万円超では給与の増加分だけ年金がカットされる仕組みとなっています。現在、この仕組みにより、約120万人の方の年金が総額1兆円程度減額されています。今後、給与と年金の合計額が46万円を超えるまで年金を減額しない仕組みに変更し、年金の減額幅縮小により、60歳代前半の就労意欲アップにつながるよう検討されています。

III 「執行役員は労働者」労災不認定を取り消し出張先で死亡した建設機械販売会社の執行役員の男性について、労働基準監督署が「執行役員は労災保険法上の労働者に当たらない」と遺族補償を不支給と判断した事件。これを不当として、妻が処分取り消しを求めた訴訟の判決が東京地裁でありました。青野洋士裁判長は、勤務実態などから、この男性を「労働者」と認め、処分取消しを命じました。

●経緯
男性は2005年2月、出張先の福島県内で倒れて死亡しました。妻は船橋労働基準監督署に遺族補償の給付を求めましたが、監督署は「労働者性」がないことを理由に、死亡と業務の因果関係を判断せずに請求を却下しました。「労働者性」の判断について、裁判長は「会社の指揮監督の下に業務を行い、報酬を得ているかを実態に即して判断すべきだ」と指摘。その上で、男性が経営会議への出席を除いて、執行役員としての独自業務がなく、取締役会にも参加していないことなどから「実質的に一般従業員と同じだ」と結論付けました。

IV コンビニ「名ばかり店長」が勝訴 会社に支払い命令コンビニ「SHOP99」が、店長を管理職扱いして残業代を支払わないのは違法として、元店長(31)=休職中=が、運営会社「九九プラス」(東京都新宿区)を相手に、未払い残業代と慰謝料など約450万円を求めた事件。この訴訟の判決が、東京地裁立川支部でありました。東京地裁立川支部は、職務内容や権限・待遇などから「店長は管理監督者に当たらない」として、残業代など約164万円の支払いを命じました。

裁判長は、「店長自らレジ精算などを行うことが常態化しており、給与も店長昇格前を超えることはなかった」と指摘。「長時間の過酷な勤務が原因となって、清水さんはうつ病を発症した」と判断しました。元店長は2006年9月に正社員として入社。2007年6月から店長に昇格。店長昇格後、月80時間を超える残業が続き、うつ病を発症。2007年10月から休職していました。
小売・飲食店の店長などが、「労働基準法上の管理監督者」であるかどうかについては、以下の3要素により判断されています。

(1)職務内容と権限(経営者と一体的な立場にあるかどうか)
(2)勤務態様(出退勤の自己裁量があるかどうか)
(3)給与待遇(優遇されているか 時間単価に換算してパート・アルバイトより上か)

監修 :中島光利、木嵜真一、八木義昭

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